南長野歯科医院・住宅
棚部 裕貴

<長く暮らしていくことのできる建築>
長野市中心部から南へ車で15分ほど、水田と白桃畑が広がる美しい農村に建つ歯科診療所と住宅の計画。
クライアントは東京で生まれ育った若い歯科医師である。自身の診療所開設のため、家族と共に、父親の故郷であるこの農村に移り住むこととなった。父親の故郷ではあるが自身はこの地で暮らした経験がない、勝手のわからない土地での新しい人生のスタート。文字通り骨を埋める覚悟での移住である。家族と共に、この地に根を張って長く暮らしていきたい。クライアントのそんな想いを建築に昇華させることが、この計画の命題となった。

<堅固であること変化できること>
長く暮らしていくためには、まず単純に建築そのものが耐久性のある堅固なものであること、また同時に、時間と共に変化する自身や家族、周辺環境に追従できることが、一つの要件であると考えた。
この建築は300mm厚のコンクリートスラブを繰り返し折り曲げるようにして、3つの内部と2つの外部を形成している。この鉄筋コンクリートで造られた3つの内部は10m×10m×3.7m=370m2と10m×3.3m×3.7m=121.1m2の2通りのヴォリュームを持った堅固な無柱の外箱として、その内部に木材、軽量鉄骨、コンクリートブロックで造作された中身を内包する。現在は、それぞれ住宅、診療所、診療所待合いの機能を持っているが、将来この建築に求められる機能が変化する時は容易に解体・再構築をすることができる。この時の自由度を高めるため、内外部ともに、完全に柱も梁もないスケルトンを実現している。子供の成長や自身のリタイヤ、さらには相続など様々な理由によって。場合によっては、診療所の住宅への用途転換や、細かく仕切って賃貸に出すなど。様々な様態に変化する可能性を秘めている。
2つの外部にはガラスの箱が挿入され、3つの内部を東西方向につなぐ通路として、この建築の現状での主要な出入り口としての役割を果たしている。南北両方向から出入りが可能なように計画したのは、通風確保のためと、東側を通る計画道路が開通し、現在の駐車場を南側空地へ移設した場合のアプローチ動線の変化に対応するためである。このガラスの箱もまた、将来求められる機能により、解体・再構築される。このとき2つの外部は内部にもなることができる。

<馴染むこと認知されること>
この建築が地域に認知され、診療所に多くの人々が訪れること。そして、診療所が健全に運営されること。これが、クライアント家族がこの地で長く暮らしていくためのもう一つの要件であると考えた。この地域では農村の景観を守るため、条例により広告設置が厳しく規制されている。広告に頼ることなく、農村の風景に馴染みながらも、通りがかりの人々の記憶に残るような、そんな建築の表現を目指した。
敷地の周囲には水田が広がり、視線を遮るものは白桃の木しか存在しない。そんな農村の美しい風景に対して素直に開口し、患者やクライアント家族が、あたかもその風景の中に存在しているような、そんな感覚の獲得を狙った。形態のアクセントとなる斜めに張り出した庇は、診療に支障のないよう太陽高度を計算して出寸法が設定されたものである。平屋建てとしたのは、建築が風景に対して主張しすぎないように、との考えからで、実際に見渡す限りの中で最も高さが抑えられた建物になっている。壁面の白色塗装は、周囲の伝統的な家屋の漆喰壁と協調させつつ、水田の緑や黄金色、青空や背後の山々などに映えさせることを狙ったものである。光触媒塗料のセルフクリーニング作用により、いつまでも白く輝くであろう。また、夜の風景を意識した照明計画を行った。住宅・待合いの白熱灯の柔らかな光と、それらに挟まれた診察室の蛍光灯のきらびやかな光が、コントラストを織りなしながら浮かび上がる。